対面(1)

ここが襄陽の城だと聞かされて血の気が引いたのは僅かの間で、梅里はすぐに落ち着きを取り戻した。
どういう理由かはわからないが、川に落ちたところをわざわざ助けて連れてきたのだ。調度の整った部屋の様子から考えても、すぐに殺されることはないと思い直す。
もっとも、軍師として策を与えたのが自分だとわかったらその限りではないかもしれないが―――。
先の戦で勝利に貢献したことは、それは取りも直さず官軍へ損害を与えたということにほかならない。特に博望では壊滅的被害だったはずだ。
自分の策で戦ったあの緒戦は、梅里にとっても衝撃が大きく、何が正しくて何が悪いのかわからなくなりもした。
玄徳を助けたいという一念だったとはいえ、そのやりきれなさは今でも変わらず胸の内にあり、ああでもしなければ官軍を抑えられなかったという思いと、もっと被害を少なくする方法はなかっただろうかという気持ちがせめぎ合っている。
――玄徳も翼徳も無事に逃げ延びただろうか、公玉はどうしただろう? そして自分はこれからどうなるのか。
部屋から出ることもかなわず、思い煩うばかりの時間はとてつもなく長く感じられた。
どれくらい経ったのか、やがてやってきた兵に部屋を出るよう促された。
一人悶々と過ごす苦痛からようやく解放されることになったとはいえ、これから尋問されるのだろうと思うと恐怖が先に立つ。場合によってはその先にあるのは死かもしれない。
前後を兵に挟まれ、刑場に引き立てられていくような重い足取りのまま着いていくと、やがて広間と思しき扉の前に立たされた。
「失礼いたします。捕虜一名、連れて参りました」
「ああ、入れ」
先導してきた兵が呼ばわると、中から威厳ある声が応答した。
この声…。
聞いた覚えがある気がして記憶をたぐるが、結論に辿り着く前に扉の両側に控えていた衛兵の一人が扉を開けた。
足をすくませていると肩をつかんで押しやられた。背後で閉まる扉の音が、梅里にはひどく寒々しく聞こえた。
踵を返して逃げ出したくなる気持ちを必死の思いで抑える。
無様なことはしたくない。敗軍のものとはいえ、玄徳軍の捕虜――玄徳の名前を貶めることはしたくなかった。女であれば、愚かゆえと許される行為であったとしてもだ。
それに――策を考え、敵軍とはいえ多くの人間を死に追いやった。自分だけが死を恐れ逃れようとするなど許されるはずがない。戦に関わり、他の者を死に追いやった責は負うべきなのだ。
梅里は袖の中で両手を強く握り締め、気丈に前を見据えた。
伏し目がちだった目を上げると、そこにいたのは意外にも三人だけだった。
奥の壇上に緋色の衣が鮮やかな男。そしてその両側、檀の下にはそれぞれ武官と文官が一名ずつ立っていた。
「こっちこっち。そんなところにいないで、もっと奥へおいで」
中央の男が思いもよらぬ気さくな口調で手招いた。捕虜に対する声音とも言葉とも思えなかったが、梅里はおとなしくそれに従う。
どこまで近づいていいものか考えあぐねたが、三人の表情がかろうじて分かる距離まで近づいて、足を止めた。敗残者として膝をつくべきなのかとも思ったが、それを求められるでもなかったので立ったままでいた。
ここにいたっては、梅里も気がついていた。緋色の衣の男が、麦城に向かっていた民に火矢を射かけた男であり、長坂橋でも相対した男だということに。
その男が壇を降り、こちらへやってくる。あの時とはまるで違う雰囲気に梅里は戸惑う。
男が圧迫感を覚えない距離で立ち止まり、こちらの顔を覗き込んでくる。
梅里も本当に同じ人物なのかと、半信半疑のまま男から目が離せなかった。

 

web拍手 by FC2

総目次  次へ