対面(6)

「どうだ、文若。あの才知」
孟徳は二人の間を通って壇上に上がった。
「………十分驚いています。女人にあれほどの考えができるとは……」
孟徳の言葉どおり、公玉や荊州諸将の処遇は、少女の尋問に先立ち行われた会議で決定し、明日には伝達、執行される予定になっていたが、彼女がその内容を知るはずはない。
となれば、すべて少女が自分の頭で考えたということになる。
「元譲、お前は?」
「……まあ、あの気丈さは買えるな」
「それだけか? そっけない奴だな」
「彼女の策でやられたばかりだ」
しかめ面の元譲に、胸の内を理解する孟徳はただ苦笑した。
「本当に仕えさせるつもりなのか?」
「ああ、そうしたいね」
榻(トウ)に腰掛けた孟徳は二人を見やる。
「お言葉ですが、素性のはっきりしない娘です」
「才能があれば俺は何でもいいって言っただろ。それに可愛いし」
孟徳の女好きは今に始まったことではない。女好きであるが故なのか、外見に対する評価は甘く、十人並みでもかわいいと評する審美眼の持ち主だった。
「見目など軍師としての才に関わりがありません」
「軍師か…。それも魅力だが…戦が嫌いみたいだからな、別の方面を勧めてみるか」
「別の方面とは?」
「俺のそばならいくらでもあるだろう。彼女なら官吏としても十分やっていける」
「お待ちください! 女人を官吏になどと、前例がありません!」
これにはさすがに元譲も目をむいたくらいだ。文若は言うに及ばずの反応だ。
孟徳は両膝に肘をつき身を乗り出すようにして文若に向き直った。
「頭の悪い奴のように言うな。前例のないことを俺たちはいろいろやってきた。今更それだけ駄目ということはない」
「それらはすべて丞相に、全土を平定し戦をなくしていただくために行ったこと。引いては天下万民のためです!」
「才能ある人間を野に置いておくのは天下にとっての損失だ。彼女が有能な官吏として働けば、それは間接的に世の中のためになる」
もっともらしく聞こえはするが、孟徳個人の本音は別にあるだろうことは二人も承知している。そしてそれを隠す男でもないこともわかっていた。
案の定、次にはぬけぬけと言ってのけた。
「そばにいてくれたら俺が楽しいしな」
「まったくあなたという方は…。あの娘が気に入ったのでしたら、侍女にでも妾にでも好きになさればよろしいでしょう。よりによって官吏にしようなどと――」
渋面の文若に対して、孟徳は明らかに楽しんでいる。
「お前も認めただろう、彼女の才を」
「それは否定しません。しかし才があっても、官吏に向いているかどうかは別です」
「往生際が悪いね、お前は」
「丞相が酔狂過ぎるのです」
元譲はやれやれといった様子で、黙って二人のやりとりを眺めていた。
結局は孟徳が押し切るのだから、文若も適当なところで引っ込みをつければいいものを性格上それができない。
天才ではあるが型破りな主君に、融通の聞かない堅物の補佐役――傍目には一見合わなそうな二人だが、意外にも曹陣営はこれでうまく廻っている。
今回は軍の慰問のため尚書令として陣中にいた文若だが、普段孟徳は遠征中の留守一切を任せていたし、文若も前線で戦う孟徳の拠るべき場所を常に守ってきた。
文若は孟徳に忠を尽くし、孟徳もそれに応えて統一への道を突き進んでいる。
「とにかく、だ」
話しは終わりだとばかりに、孟徳は立ち上がった。
「許都へ戻ったら新しい人材登用の布令を出す。彼女はその試行という形で起用するぞ」
「…彼女が承知いたしますか?」
「―――させる」
言い切って、そのまま出口へ向かっていく。
孟徳にとってはその結果以外はありえない答えだった。

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